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般若心経の真意を理解するとか、聖書の本当の言葉の意味を知ることは、現世的な言い方をしますと、大変難しいことです。なぜかと言いますと、現代文明によって、人間の魂が盲目にされているからです。これにまず、気づくことです。
人間は、現代文明というもの、例えば専門学を、無条件でのみこまされているのです。科学で言っていると言われると、何とも返事のしようがないのです。学理学説が、大変大きいもののように考えられていますが、これが、現代文明の根本的な間違いなのです。
科学には科学の値打ちが、もちろんあります。人間がこの世で生活するという点から考えますと、相当大きい役割りを演じていることは、まちがいありません。
ところが、これは、現世に生きている間の、生活の知恵なのです。専門学とは、単なる生活の知恵であって本当の学とは、命そのものを学ぶことなのです。生活の知恵とは、生活の工夫でありまして、不便よりも便利の方がよいでしょう。電話はないよりも、あった方がよいでしょう。それは、人間の生活のあり方だけのことなのです。
人間の命は、永遠のものでありまして、霊魂不滅という言葉がありますけれど、人間が生きていることが、魂なのです。
現代文明は、ヨーロッパ社会の文明が日本に来て、日本社会の文明のようになっているのです。ヨーロッパ文明を、全面的に受け入れることは、明治政府の方針でしたが、ヨーロッパ文明の内容は、思想的に言いますと、ユダヤ文明なのです。
専門学とは、ユダヤ人が造った学なのです。専門学をいくら勉強しても、命のことは全然分かりません。般若心経も、聖書も、全く分からないのです。
人間は何のために生きているかというと、自分自身の命の本質を養うこと、つまり養命のためなのです。このことを、深く考えて頂きたいのです。生活することとは違うのです。自分自身の命の本質をみがくことをいっているのです。文明のあり方に束縛されないで頂きたいのです。
般若心経を読んでも分からないと、簡単に言わないで頂きたい。徳川時代の人々は、般若心経が分かったのです。そういう人は、たくさんいたのです。古今集が書かれた王朝文学の時代には、もっと多くいたかもしれません。古今集の中には、般若心経の空観がたくさん出ています。そのように、昔の日本人にとって、般若心経は、それほど難しくなかったのです。
例えば、平家物語の冒頭に、祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響ありと書いています。大した文学です。今の文学者で、冒頭にこういう思想を述べる人はいません。昔は、そういう書き方が、普通だったのです。婆羅双樹の花の色は、勝者必滅の義を現すというように、これが、あの頃の日本文学では当たり前だったのです。
諸行無常が、般若心経の基本になっています。色即是空ということは、諸行無常が分からなければ、分からないのです。昔の人は、諸行無常ぐらいは、寺子屋で習ったのです。
自分の命をまともに認識することが、命を養うことの、一番必要なあり方です。今の文明は、生活することだけを考えている。マイホームを建てて貯金をして保険に入る。旅行すること、人生を楽しむことだけを考えているのです。旅行をしてもいいのですが、命を養うことを考えないで、生活だけを考えていることが、非常にまちがっているのです。
命を養うという点からいいますと、今の日本人は、昔の日本人とは比べものにならないくらいに、悪くなっているのです。生活は便利になっています。しかし、生活は、どこまでも、この世だけのことなのです。人間の魂とは何か。例えば、本を読んだり、物を食べたりします。この本能性です。五官の本能です。
五官の本能は、生まれる前にあったのです。生まれる前に、五官の本能が植えられていたのです。それが、肉体を持つようになってから、具体的に五官を使っているのです。
そこで、肉体がこの世を去ることになりますと、肉体は消えますが、五官は消えないのです。五官を使って、喜怒哀楽を感じ、それが、人間の記憶になっているのです。記憶は、肉体が灰になっても、消えないのです。
そこで、毎日の生活で、どのような記憶をもって生きているかが、この世を去ってからの命に、重大な関係があるのです。これが、命を養うという意味なのです。
生きている命だけでなく、現世が終わっても、まだ命が続くのです。これをどのように養って、どのようにとらえていくかです。
現代人の物の考え方は、専門学という思想によって、束縛されています。命に対して自由に物を考えるだけの勇気がなくなっている。これが、現代人の最大の欠点です。だから、現代の文明を信じたら、だめです。ユダヤ人の欠点が、そのまま現代文明に現れているからです。
大学の教育は、ユダヤ人の悪い所ばかりを、教えているのです。ノーベル賞をもらわなければ、世界に認めてもらえないと思っている。こういう考え方が、ユダヤ的なのです。
ヨーロッパの政治を動かしている一派、アメリカの政治を動かしている一派は、ユダヤ人です。これはある程度やむをえないことですが、私たちの精神生活まで、命の認識に関することまで文明によって束縛される必要はないのです。文明は、魂を殺しているのです。
現代文明は、幻覚の世界を飾りたてているだけなのです。専門学は、ただのデコレーションなのです。人間の命には、何の足しにもならないのです。ただ、生活が便利か、不便かということだけなのです。
このように、人間の本質をこわしてしまうことが、文明の本質なのですが、それをはっきり言う人はいないのです。
日本人は、それほど現代文明にかぶれてしまっているのです。この日本社会の弊害を、よく承知する必要があります。命を養うことを、考えて頂きたいのです。
般若心経は、今の人間の常識で考えれば、難しいでしょう。昔の日本人から考えれば、色即是空ぐらいのことは、それほど難しいことではなかったのです。
現代の日本人の考えは小さすぎるのです。思想が低下しているのです。文明によって、人間自身が拘束されている。魂のことを自由に考えることができないように、仕向けられている。これは、現代社会に対する一部のユダヤ人の影響でしょう。
そしてやがて文明は、行きづまるでしょう。自滅するにきまっているのです。そういう文明に同調する人は、必ず滅びるのです。
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